メダル
2008-08-10

−先斗町−
問題山積のまま、北京オリンピックが開幕した。
聖火の最終ランナーは、何と李寧(Li Ning)だった。
(誰だか分からない状態で、宙ずりのままとは…)
李寧といえば、中国の男子体操で、一世を風靡したと言ってもいい
ほど、“華”のあった大選手である。
中日カップかなんかの時に、彼の鞍馬に釘付けになった記憶がよみ
がえる。
本当は、せっかくのこの機会に、彼のその時の写真を掲載すれば、
喜んでくれる人も多いのかも知れないが、フィルムを探しだして、
スキャンする気力まで起こらない。
事前に「李寧登場」の発表があったなら…、と思う。
HP内に、あの頃の新体操の写真を20点ほど置いている。
もう4年も5年も同じ写真、構成のままだが、いまだに結構な数の
アクセスがある。
リリー・イグナトバの個人ファンだけではないだろう。
体操にしろ新体操にしろ、「メダルが期待できる時」にだけの報道
では、いかにも情報が少な過ぎるのではないだろうか。
(インターハイや全日本ジュニアの会場に、どれほどの記者が詰め
ているのだろう…。色々あって、僕はもう行きませんけどね。)
少し前から、あのころ撮りまくった体操・新体操のフィルムの処理
を考えている。
ジュニアだった選手たちも、そろそろコーチや監督になっているか
も知れないし、エージェントに蓄積されるだけではなくて、有名無
名の「元」選手たちの手に渡るようにできたら…、と思っている。
命日
2008-07-22

−阿倍野−
昼間34℃だった室温が31℃になっている午前2時。
レンタルサーバの引っ越し準備以外、ほぼ何もしない3連休が終わ
る。
先週半ばから、仕事も一段落して、何ヶ月ぶりかで散髪。
根っからの汗かき、TENBAのベスト、伸び放題のボサボサ頭を見て、
“ランボー”と言われること数度(私は、スタローンも映画『ラン
ボー』も大嫌いだ!アルチュール・ランボーなら好きだ)、“テロ
リスト”呼ばわりする輩まで出てきた。彼は、テロリストを見たこ
とがあるのだろうか?
(ロープシンのようにナイーブなテロリストには、少々憧れる。)
7月22日は、寺島珠雄の命日。
あの時も、前日から一晩中暑かった。
日が昇ると、病室のカーテンがとろけそうだった。
もう半年以上、釜ヶ崎、西成方面へは足を向けていない。
寺島珠雄が僕に期待しているのは、そういうことではないような
気がしている。
答えを見つけるまでには、まだ何年かかかるだろう。
「社会体制がどう変化、あるいは変革されようと、人間はいつも
“釜ヶ崎”的な何かを内部にいだいているのではなかろうか。その
何かに忠実であるかないかは、別にいえば与えられる種々の拘束
を受容するか拒否するかだが、多くは受容の側に生きて、生きる
こと自体の軋りを法や道徳を借りてわが耳から遠ざけている。」
(『釜ヶ崎入門記』寺島珠雄)
さあ、また撮り始めよう。
足元
2008-06-13

−東三国−
久しぶりにスキャナの電源を入れる。
4年ぶりか5年ぶりか???
繋がっているMacの本体は、PowerMac 9600 だ。
G4に挿してあるSCSIカードとの相性が悪いのか、うまく行かない
ことが多かったために、今も巨大なPM9600をデッドスペースに押
込んである。
PM9600を起動するのも2年ぶりぐらいだが、スキャナもMacも「い
つものように」起動してくれる。
スキャナは、とうに日本から撤退したアグファ製、DUOSCANという
反射・透過原稿用に上下に2つのベッドを持つ、当時は70万円近く
した、これまたA4にしては巨大な機械。
解像度的には、最近のエプソン製などに比べれば足元にも及ばない
のだが、4×5や8×10のポジを読み込ませると、フィルム並みの
滑らかで立体感のあるデータを吐き出してくれる。
古くてもよいモノ。古い方がよいモノ。新しい方がよいモノ。
政治や制度に限らず、工業製品についても、常に新しいのがよいと
は限らない。
坂本
2008-06-02

−日吉大社−
「比叡山の守り社である日吉の神は山王大権現と申しあげる」
というのが、明治以前までの言い方であった。
ところが明治の神仏分離によって、山王大権現というような仏教く
さい神名は廃されてしまった。明治初期国家の最大の愚行は、廃仏
毀釈・神仏分離であったが、小さくは山王とか権現、明神といった
千年来なじまれてきた日本語が捨てられたことである。
その後は、この神社の名も日吉大社という。
本来、日吉大権現である。この神仏習合の言い方のほうがはるかに
霊験ありげにきこえる。
(司馬遼太郎『街道をゆく/叡山の諸道』)
坂本(大津市)通いが半年を越えた。
神と仏と人が共生する、歴史を感じることのできる、とてもいい町
だ。
霊験はさておき、日吉大社の空気は、行くたびに清々しい。
天河神社
2008-05-06

車検上りの愛車のテストも兼ねて、天河神社へ。
カーナビなんかなくても、難しいルートではない。
阪神高速、近畿道、南阪奈道を経由して約90km、2時間ほど。

別に信仰心があるわけではないが、もともと古寺や聖地と言われる
場所への興味がある。昨秋より通い始めた坂本−比叡山もその現れ。
若い頃は、気後れして撮れなかったが、ぼちぼち対峙することがで
きるようになってきたように思う。

山吹が美しい村。
30年前マリエンバードで
2008-02-22

−姫路城−
アラン・ロブ=グリエが亡くなった。
初めて知ったのは、中平卓馬『なぜ、植物図鑑か』の中である。
以後、なにかにつけて引用してきたし、行き詰まった時、写真が分からなくなった時、『なぜ、植物図鑑か』とロブ=グリエの『新しい小説のために』を幾度となく読み返し、今も本棚でセットで並んでいる。
ビュトールやブランショ、ル・クレジオやソレルスを知ったのも、この絡みからだ。
ロラン・バルトやスーザン・ソンタグの写真論よりも、ロブ=グリエの小説やこの論考に示唆され、刺激を受けてきた。50年前思考された「未来」に、未だ誰も追い付かない。
「ところが、世界は意味もなければ不条理でもない。ただたんに、そこに《ある》だけである。なにはともあれ、これこそ世界がもっているもっともいちじるしい特徴である。そして不意に、この明白な事実が、もはやわれわれの手ではどうすることもできない力で、われわれを打つ。一挙にして、すばらしい構築物の全体が崩壊する。うっかり目を開いたがために、われわれは、いままでわれわれが克服したふりを装っていたあの執拗な現実の衝撃を、またしても身に感じるのである。われわれをとりまき、われわれの精神主原論的ないし家政的形容詞の群れをものともせずに、事物が《厳として存在している》のである。それらの表面は鮮明で、つるつるしていて、無傷で、いかがわしい光沢もなければ透きとおってもいない。われわれの文学のすべてをもってしても、まだそのもっとも小さな片隅にキズをつけることにも、そのもっとも小さな曲面の角度をにぶくすることにも成功してはいない。」
「ものや動作はまず第一に、その現前性によってこそ訴えかけるべきであり、さらにその後も、感傷的、社会学的、フロイド的、形而上学的その他、なんらかの参照体系のうちにそれらを閉じこめようと試みる、いっさいの説明的理論をのり越えて、この現前性が支配しつづけるべきなのである。」
−−−アラン・ロブ=グリエ『新しい小説のために』平岡篤頼訳/新潮社1967.6.30
静寂
2007-08-23
原点
2007-08-18

−西三国−
森山大道の新作『ハワイ』。
2005年発刊の『ブエノスアイレス』と同等のボリュームを想像していたのだが、傑作『新宿』を凌駕する分厚い写真集だ。
撮影地のハワイについて、森山自身があちこちで触れていたので、力の入れようが違うのだな、と、こちらの期待も膨らんでいた。
ざっと目を通すと、近年になく横位置の写真の多さに驚いた。
強く記憶に残るような写真は、あまり発見できないのだが…。
が、これは、あの『遠野物語』の2007年版というべきか、大量の写真群が束になって、他にはないような「記憶」の総体として迫ってくる。ここが「ハワイ」であること、「日本」であることは、最早何の関係もない。森山大道の記憶と僕の記憶がシンクロする。ココハボクノゲンテンデアル。
かつて、僕たちが遠野や津軽を目指したように、これを見た若い人たちの中に、同じ想いでハワイを目指す人が出てくるのだろう。
対決?
2007-07-28
革命家
2007-07-18

−東三国−
「竹中労は終わらない」(朝日新聞7.16朝刊)
やや唐突な感じではある。
紙面半分を占める竹中労の記事など、誰が予想しただろう。
とはいえ、与野党逆転か?!などと喧しい割には画一化されてしまったこの国に今必要とされる、ある種の英雄であると言えるのかも知れない。
僕の定義では、彼は革命家である。
ことある毎に、竹中労が生きていたらどうしただろう?と思いつつも、何もしない自分が情けない。
最後に新大阪駅まで送らせて頂いた時の後ろ姿が忘れられない。
竹中労のことをもっと知りたい人は、以下へ。
http://y-terada.com/Takenaka/takecon.htm
















