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戦争がはじまる

遺言



「最後はいつも権力が勝つという悔しさったらないね。だけど、結末だけじゃなく、そこに至る過程で何が起きたのかを残すのも大事だ。伝えずにいられなかった。撮ることは僕自身の人生の肥やしにもなった。」
「安倍政権下で憲法改正に向けた動きが加速しているけど、平和憲法を守るため、命のある限り抵抗し続ける決心です。」
福島菊次郎(朝日新聞2014年5月26日〜30日)

悔しさの真っ只中で息を引き取られたのかも知れません。
彼の写真と文章と、平和憲法が消し去られませんように…


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[ 2015/09/27 03:43 ] 追悼 | TB(0) | CM(0)

始まり

明るい未来




70年間積み上げられてきた平和主義、立憲主義、民主主義を一瞬にして失うことになった。

アベノミクスから軍需景気へ、資本と帝国の崩壊が始まる。

自分の首を絞めていることに、未だ、気付く気配もない。

終わりの始まり。




Stop a WAR




[ 2015/09/20 02:54 ] 危機 | TB(0) | CM(0)

素朴な写真家

追悼中平卓馬



中平卓馬
『なぜ、植物図鑑か』に出逢い、写真に、そして写真批評に目覚めた。
「私にとってもはや〈イメージ〉は乗り越えられるべき対象である。私から発し、一方的に世界へ到達するものと仮定され、そのことによって世界を歪曲し、世界を私の思い通りに染めあげるこのイメージは、いま、私の中で否定される。世界と私は、一方的な私の視線によって繋がっているのではない。」

写真には金がかかる、から、批評家として生きていこうと思った。
商業写真を生業にした頃から、一時はすっかり忘れ去っていた。

89年、『ADIEU A X』の
「私、今日、素朴な写真家にまいもどりました。
だが、私、素朴な写真家にまいもどったとしても、新たに現実世界に出会った時には、自意識が解体され、自らの意識を新たに造り上げねばならぬ行為そのものが、無限に課せられて来る。それは、ある意味において、写真家である私のさだめであろう。」

で、再び出会った時、安心と同時に驚いていた。
その頃は、仕事が忙しくて、作品どころではなかったが、彼の復帰が嬉しかった。
その頃の僕は、キレイキレイなイメージ写真ばかり撮っていた。

そして2003年『アサヒカメラ10月号』。
“あえて望んだ斬新熟視”。カラー16ページ+表紙。

完全に打ちのめされた。目が覚めた。
今、写真を撮っているのは、この衝撃があったからこそ。
空と猫しか撮っていない時も、「植物図鑑」と「原点復帰」が頭の中を駆け回っている。

もし、中平卓馬と出逢わなかったら、カメラを持って歩くことなどなく、「まず、たしからしさの世界を棄てろ」とも思わず、ぼんやりしたメタボ爺になっていたに違いない。

かなうならば、もう一度、まいもどって下さい。

[ 2015/09/06 03:11 ] 追悼 | TB(0) | CM(0)



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