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吹田

マチエール


1990年5月、山形で取材があった時、ついで?だからと酒田まで足を伸ばして、土門拳記念館へ行った。
1976年頃、「自覚的」に写真を撮り始めた頃から、中平卓馬や森山大道がヒーローだった。それ以上に、彼等の写真や思想に触れたから、写真にのめり込んだのだった。ロブ・グリエやロラン・バルトへ向かったのも、中平卓馬がいたからだ。
自分では、土門拳にそれほど深い思い入れがあったという自覚はなかったのだが(今も)、記念館の駐車場に車を止めて下り立った瞬間、涙がこぼれた。そこに立ったとき初めて、己の中に在る土門拳の大きさに気付いた。土門拳の写真や『写真作法』に書かれていたことが、ボディブローのように、潜在意識に影響を与えていたのだろうと思う。

[ 2006/03/19 20:07 ] 日常 | TB(0) | CM(4)

こんばんわ

土門拳が広島にて被爆者を撮影し、私達も広島をしらなかったのかもしれない。って言うコメントに、強く打たれたのを私も思い出します。
[ 2006/03/22 02:37 ] [ 編集 ]

東松照明も、仕事で行った長崎で、同じような経験をします。以後、長崎に通ったり住み着いたりします。
「社会派」写真家は、こうあるべきでしょう。
僕は、ずっと逃げ続けています…。
[ 2006/03/23 06:01 ] [ 編集 ]

先ほどは嬉しいコメントありがとうございました。
そこにも書きましたけれど、背中を強く押して貰ったと思っています。
こちらの写真を思わず凝視してしまいました。
この場所の特徴や歴史みたいなものを想像してしまいました。
涙を流されたという「土門拳」の写真作法についても知りたいなと、思いました。
僕も僕なりの形態を作りたいと思っております。
いろいろとありがとうございます。
[ 2006/03/24 19:54 ] [ 編集 ]

「僕なりの形態」は、作らなくてもできるものです。
写真で何を見ようとしているのか、を忘れなければ、あとは自分の感性を信じればいいのだと思います。
[ 2006/03/25 02:43 ] [ 編集 ]

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