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阿倍野筋

再開発


貧乏な学生だった頃、トライXの100ft巻を買って、SAKURAやNEOPANの少し歪んだパトローネに詰めて、約36枚撮り約20本が毎月のノルマ?だった。
それ以上に撮ってしまった時や、カラーがほしい時は、期限切れが目前のフィルムを1本100円ぐらいで買っていた。
現像液D76の1ガロン袋があれば、20本以上の現像が可能だ。停止・定着液は、臭いは酷いけれども、高価なものではない。
問題は印画紙で、フィルム現像までできていても、金がなければ、焼くこともコンタクトを取ることも出来ない。印画紙が買えるまで、来る日も来る日もフィルムとにらめっこの日々。後々になって、その「にらめっこ」が役に立つのだが…。
カメラとパソコンが揃っていれば、デジタルには、それほど金はかからない。
写っているかどうかはその場で確認が出来るし、現像ミスもない。すべては明るい部屋で、「完成画像」を確認しながらの作業だ。カメラのモニタだけで済ませることだってできる(私はしないけど…)。
というわけで、銀塩写真には、暗室の確保という大問題と、ある種の覚悟が必要だが、デジタルには、そんな必要はないし、「失敗」したらその場で消去も撮り直しも出来る。「失敗」には、自分の労力以外のコストはかからない。
安直な方法からは、安直な結果しか出ないのは当然ながら、人間は欲深く怠惰だから、つい、安直だけを選んでしまう。
Akiさんのコメントにあった通り、毎日おびただしい数の写真が撮られ、公開されている。人類史始まって以来の「表現」の量である。量が質に転化するのは物理的必然であるが、意志や意識の量が増大しないならば、変化は起きても、あまり喜ばしい方向へは行かないのかも知れない。
優れたものを嗅ぎ分ける臭覚だけは、磨いておかないと。

[ 2006/07/09 19:31 ] 歴史 | TB(0) | CM(2)

意志と意識の有無がとても大きな問題、確かにその通りです。目に見えるモノだけに目を奪われていると大事なところが見えてこないような気がするのですが・・・
プロもアマも玉石混合、混沌の中から真実は顔を出すのでしょうか?
少なくとも時代の大きな曲がり角に私たちがいることだけは間違いないですよね。
[ 2006/07/12 21:34 ] [ 編集 ]

写真には目に見えるモノしか写らないのに、同じモノを撮っても、人、日によって違います。
そこが怖さでもあり面白さでもあります。
「真実」は、大型カメラで血マナコになってそれを探している人より、通りすがりに携帯でちょこっと撮った人が掴む可能性もあります。こっちの可能性が高いのかも知れません。
曲がり角、転換期が面白い!ことは確かですよね♪
[ 2006/07/13 03:12 ] [ 編集 ]

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