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なぜ未だ「プロヴォーク」か

草


死体


昭和

-十八条(いずれも)-

“写真は言葉に支えられる必要などないし、意味を発しなくてよいのである。理解されることなく了解されること、言葉を超えて啓示となること、根源こそが唯一最大の問題なのだ。写真は言葉を沈黙させるほどの、より深々とした沈黙に支えられていればよいのだ。たとえそれがどんなに見映えのしない表面をしていようと、それを「ブス」などと呼ぶような網膜的思考とは、それこそ「笑ってあばよ」をするだけだ。”
(「写真の黙示録」/『なぜ未だ「プロヴォーク」か』西井一夫/青弓社1996年刊)

[ 2006/07/27 02:02 ] 歴史 | TB(0) | CM(6)

十八条
言葉の意味はわかりますが
理解するにはまだまだ相当な時間がかかります。

最近ある方のブログで勉強させていただいています
この3枚の写真を見たとき
いろいろな情景が、頭の中にまるで湧き水のように噴出してきました。
[ 2006/07/27 11:39 ] [ 編集 ]

ここの西井一夫でいえば「了解」、竹中労風に言えば「理会」。
僕は、この「理会」という言葉が大好きです。
考えて分かるものではなくて、ある時、突如として、出会う、或いは、出逢う、のだと思います。出逢うために、考え続けるのだと思います。
[ 2006/07/28 00:49 ] [ 編集 ]

写真論はよく解りませんが出逢うために考え続けるというのは示唆的で共感いたします。
個人的にはもう少し先まで突っ込んで行かないといけないのですが・・・。
[ 2006/07/28 11:34 ] [ 編集 ]

考え続けていなければ、出逢っても、それが分からないんですよね。
写真「論」と、実際に撮れてくる写真とは、あまり関係がないのかも知れません。が、批評性とか問題意識とかのない、表面だけが小奇麗な写真なら、撮る必然はないし、発表する必要もないと思います。
「実務的」な写真論として、森山大道の雑文が、特に好きです。
[ 2006/07/29 02:56 ] [ 編集 ]

EMTAKEさんの写真に対するまじめな姿勢には頭が下がる思いがいたします。
自分の仕事にそういった思いを重ねられるのはすばらしい事です。
やはりその道のプロというのはその生業でメシを食うという事実に意味がある。
写真上手なアマチュアとはハッキリとした違いがそこにあるように思います。
下手な文章で言いたいことが伝わるかどうか解りませんが・・・。
[ 2006/07/31 23:49 ] [ 編集 ]

頭、上げといて下さい(^^
生業ということでは、商業写真(料理とか建築とか、まれにモデル)を撮ってるわけです。
ごく一部の「作家」を除いては、ほとんどの「プロ」は、広告や雑誌でメシを食っています。
プロとアマの違いは、上手い・下手や、取り組み方ではなくて、「換金」するかどうかです。
アマチュアは、100%すきなものだけを好きに撮ればいいのですが、プロは、好きではないものでも、みんなが好きと思うように撮ることを要求されます。だからこそ、お金がもらえます。(プロ・アマ問題は、ちゃんと書きたいと思っているのですが…)
作家への夢はありますが、そう甘いものではないし、今のところ、ネットで見ていただくぐらいのことしかできません。皆さんのコメントやメールは、とても励みになるし、ネットに上げることで、外から自分の写真を見ることで、いろいろ勉強にもなります。
[ 2006/08/01 03:42 ] [ 編集 ]

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