PageTop








スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

冥王星で

影
-東三国-

冥王星が太陽系惑星から除外されることになった。
実際に、この星がなくなるわけでもないのに、けっこうな騒ぎである。
それを見て、この程度のこと?でこの騒ぎなら、天動説から地動説へ、アメリカならぬ宗教界を巻き込んでの大騒ぎは、いかばかりであったろうか、などと考える。
「それでも地球は回っている」と、ガリレオは言った。
同様に、それでも冥王星は太陽の周りを回り、時には、海王星より太陽に近づく。もし、この小さな星がなかったら、太陽系のバランスは変る。
「なくなる」とか「格下げ」とか、人類が勝手に圧しつけた意味で、宇宙は変化しない。
僕が初めて撮った写真は、木星の写真だった。

先日、小野十三郎のことを書いた。
詩人の最後の詩集のタイトルは、『冥王星で』(1992年/エンプティ刊・ビレッジプレス発売/絶版)だ。
縁あって、ウチの事務所名義で編集・出版させて頂いた。
それと前後して、詩を書く以外の時には、ほぼ寝たきりのこの大詩人が、詩を書く写真を撮らせて頂くことができた。鬼気迫る眼で、原稿用紙に向かう姿に、倒されそうだった。


冥王星で

前に牛乳がある。
その向うにコップの水が、三つ。
バームクーヘン、四個。
アリナミンドリンク、三本。
タバコをぎっちりつめたブリキ罐七つ。
これだけあれば
コトバの夜あけまでの旅の食料は
まず、足りるだろう。
ひとに、なにかを訴える思いはない。
一刻々々に
わたしの存在の重量を確認して行くために
コトバは、わたしにあるのである。
もし、未知のコトバを発見したら
そのときは、わたしが消えるときだが
消えぎわに
わたしは、宇宙の果てに達する。
大きな声で
いま、発見したと云うだろう。
そして、ここまで来た時間の進行の重量に
感謝するだろう。
その時間は迫っている。
いま、十時二十一分七秒である。
時間は迫っているが
まだまだ
ものを考える力は、わたしにある。
それが無くなるとき
わたしは
冥王星で生きる。
(初出/1992.4_『遅刻』13号)
[ 2006/08/25 02:57 ] 歴史 | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://empty86.blog23.fc2.com/tb.php/246-d124eed9





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。