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静寂

silence
-榎木橋-


山口小夜子が亡くなっていた…。
70年代の彼女の存在が、日本の広告写真の表現まで変えてしまった、といっても過言ではないように思っている。
センセーショナリズム、スキャンダリズムにまみれた表現に静寂を持ち込んだのは、彼女の存在だったように思える。
それを的確に捉え得たのが、横木安良夫や横須賀功光だった。
広告写真が最先端であった時代。



[ 2007/08/23 03:13 ] 歴史 | TB(0) | CM(5)

彼女が日本人のモデルとしてヨーロッパで活躍した頃、確かに日本では広告が日本の先端を疾走していました。
単にモノを売るための行為である広告が色んな日本のシステムを集約したような時代でした。
[ 2007/08/28 21:14 ] [ 編集 ]

商業主義が、まだ、「健全」であった時代ですね。
商業主義にも、主義主張がありました。
[ 2007/08/31 02:23 ] [ 編集 ]

商業主義と拝金主義のはざまには何があるのでしょうね
単なる通過点と到達点では寂しすぎる。
あの頃はコマーシャルという言葉がまだ輝いていた、あの輝きはもう過去のモノでしかないのでしょうか・・・。
[ 2007/08/31 21:23 ] [ 編集 ]

ホンマにビックリしたねぇ。
時代を象徴する人がいなくなると、何ともいえん気分になりますな。
[ 2007/09/01 18:47 ] [ 編集 ]

>akiさん

 今も面白いコマーシャルはあるにはあるんですけどね…。
 枠を破壊するほどのパワーはないですね。
 みんな、お利口さんになってるんでしょうね。

>ぽんさん

 惜しい人がばたばたと亡くなった猛暑の夏でした。
 反面、死んで欲しいほどの馬鹿が、総理大臣に居座って…。
[ 2007/09/02 04:03 ] [ 編集 ]

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