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さようなら

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-祇園-


中平卓馬や西井一夫などを好んで引用するせいか、困ったことに、
僕の写真に理論や理屈を見いだそうとしている人が多いようだ。
理論や理屈で写真が撮れるのなら、とっくに写真とはさようならし
ていただろう。
昔っから、理論や理屈に憧れているところがあって、さらに、スタ
ンスとして、政治や社会にもコミットメントしたいと思っている。
油絵も描いたし、詩のようなものも書いた。8ミリ映画も撮った。
理論で写真が撮れるなら、或いは、そういうことを表現するなら、
写真の可能性など、ほとんど残ってはいないだろう。写真は過去で
しかないし、部分しか写らないのだから。
論理は飛躍するところに面白さがあるのであって、写真は瞬間でし
かない(長時間露光といえども)ところに快感がある。
だからこそ、理論も屁理屈も重要であるし、実践にも拘り続けるの
だと思う。


[ 2008/03/14 03:33 ] 日常 | TB(0) | CM(0)

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