坂本
2008-06-02

−日吉大社−
「比叡山の守り社である日吉の神は山王大権現と申しあげる」
というのが、明治以前までの言い方であった。
ところが明治の神仏分離によって、山王大権現というような仏教く
さい神名は廃されてしまった。明治初期国家の最大の愚行は、廃仏
毀釈・神仏分離であったが、小さくは山王とか権現、明神といった
千年来なじまれてきた日本語が捨てられたことである。
その後は、この神社の名も日吉大社という。
本来、日吉大権現である。この神仏習合の言い方のほうがはるかに
霊験ありげにきこえる。
(司馬遼太郎『街道をゆく/叡山の諸道』)
坂本(大津市)通いが半年を越えた。
神と仏と人が共生する、歴史を感じることのできる、とてもいい町
だ。
霊験はさておき、日吉大社の空気は、行くたびに清々しい。
コメント
神仏習合
お久しぶりです♪
お寺が残っていないのは、たぶん、明治以降、壊されたんでしょうね。
新しもん好き、舶来好きの日本人は、当然、上手い具合にMIXしますよね。こういう「柔らかさ」が日本のいいところでしょうか。
お寺が残っていないのは、たぶん、明治以降、壊されたんでしょうね。
新しもん好き、舶来好きの日本人は、当然、上手い具合にMIXしますよね。こういう「柔らかさ」が日本のいいところでしょうか。
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家の近所に小さな神社があるのですが、そこは
敷地の8割が墓地になっております残りの2割に
小さなお社と鳥居がひとつ。
解りやすい神仏習合です明治政府は神道を日本の
オリジナルと解釈したのでしょうが
神仏習合こそ日本のオリジナルだと私は考えます。