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素朴な写真家

追悼中平卓馬



中平卓馬
『なぜ、植物図鑑か』に出逢い、写真に、そして写真批評に目覚めた。
「私にとってもはや〈イメージ〉は乗り越えられるべき対象である。私から発し、一方的に世界へ到達するものと仮定され、そのことによって世界を歪曲し、世界を私の思い通りに染めあげるこのイメージは、いま、私の中で否定される。世界と私は、一方的な私の視線によって繋がっているのではない。」

写真には金がかかる、から、批評家として生きていこうと思った。
商業写真を生業にした頃から、一時はすっかり忘れ去っていた。

89年、『ADIEU A X』の
「私、今日、素朴な写真家にまいもどりました。
だが、私、素朴な写真家にまいもどったとしても、新たに現実世界に出会った時には、自意識が解体され、自らの意識を新たに造り上げねばならぬ行為そのものが、無限に課せられて来る。それは、ある意味において、写真家である私のさだめであろう。」

で、再び出会った時、安心と同時に驚いていた。
その頃は、仕事が忙しくて、作品どころではなかったが、彼の復帰が嬉しかった。
その頃の僕は、キレイキレイなイメージ写真ばかり撮っていた。

そして2003年『アサヒカメラ10月号』。
“あえて望んだ斬新熟視”。カラー16ページ+表紙。

完全に打ちのめされた。目が覚めた。
今、写真を撮っているのは、この衝撃があったからこそ。
空と猫しか撮っていない時も、「植物図鑑」と「原点復帰」が頭の中を駆け回っている。

もし、中平卓馬と出逢わなかったら、カメラを持って歩くことなどなく、「まず、たしからしさの世界を棄てろ」とも思わず、ぼんやりしたメタボ爺になっていたに違いない。

かなうならば、もう一度、まいもどって下さい。

[ 2015/09/06 03:11 ] 追悼 | TB(0) | CM(0)

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